トーレス・デル・パイネの三本塔は、パイネ国立公園の象徴であり、これを見ずして次に進むことは考えていなかった。それも、できることなら朝焼けを拝みたい…そのためなら数日間の篭城は覚悟していたが、夜明け前に起きてみると、無数の星が煌き、綺麗に晴れ渡っているではないか。この好機は逃すまいと、暗闇の中、すぐに出立した。
懐中電灯を照らしながら歩き始めると、前方上には動く光が見えるが、歩く人はわずかなようだ。道は、昨日下見しただけあって、迷わず進むことができる(ぶっつけ本番だったら迷っていたかもしれない)。中ほどで、先ほど見えていた光の集団に追いつき、あっさり追い抜いていくと、やはり30分ほどでモレーンの展望地に到達した。思っていたより早く着いてしまったので、先客は1人のみ。しかも、日の出はだいぶ先である。
それでも、暗闇の中に三本塔が浮かび上がり、徐々に鮮明になってくるからたまらない。まもなく後続もやって来て、5人ほどと一緒に陽が届くのを待つが、明るくなっても、なかなか光が差してこない…30分以上も待たされると、さすがに寒くて、体の芯から冷えてしまう(ジャンパーなどの厚着を着ていたのだが)。まだかまだかと、何度も振り返っては、朝陽が昇るのを待った。
すると、1時間近く経ったところで、ようやく三本塔の真ん中、セントラル塔(Torre Central:2800m)が赤らみ始め、すぐに北塔のモンツィーノ(Torre Monzino:2700m)とともに、一気に燃えてきた。南塔のデ・アゴスティーニ(Torre de Agostini:2850m)には届かないものの、美しい朝焼けだ。この光のショーは10分ほどで終わってしまい、まもなく三本塔に満遍なく太陽光が降り注ぐようになったが、感動の瞬間であった。

トーレス・デル・パイネの朝焼け [→
スライドショー]

逆さトーレス
と、ここで他の人たちは続々と下っていく。私は名残惜しかったので、しばらくトーレスと対峙して過ごすが、ふと気がつくと、まだ直下の湖には行っていなかったので、岩を縫うようにして下ってみた。まぁそれほど大したことはないだろう…と思ったら、なんとトーレスが湖面に反射しているではないか!これは、風の強いパタゴニアにあっては奇跡に近い。慌ててカメラを取りに戻り、この一瞬を切り取ったのであった。
再び展望地に戻ってみると、ようやく第2陣が続々と現れるようになり、にわかに騒がしくなってきたので、下山を決意する。それにしても、いきなりトーレスの朝焼けも逆さも拝むことができたのだから、何という幸運だろう。
キャンプ場に戻り、遅い朝食を取ったら、続いてハポネス・キャンプ場(Campamento Japonés)まで歩いてみることにした。実はここ、天気の悪い時に歩こうかと思っていたが、もうトーレスは満喫したし、「日本人」と名前が付いている以上、何があるのか確かめておきたかったのだ。
キャンプ場を抜けて歩いていくと、しばらくでちょっとした岩場が現れたが、ここを越えるとのどかな散策路が続いている。前方にはオギオニ山(Cerro Oggioni:1697m)が望めるが、起伏の少ない緩やかな道のりで、少々物足りない。そして、1時間も経たずにあっさりとキャンプ場に到着。何の変哲もないところで、見所に乏しかったが、よく見るとまだ道は続いている。こんな道、地図には書かれていないが…でも、時間はたっぷりあるし、探検気分で面白そうなので、行ける所まで行ってみることにした。

ハポネス・キャンプ場へと歩いていく
すると、先ほどまでの平易さとは一転、いきなりの急登に苦しめられる。ザレ場を直登すると、今度はニド・デ・コンドル山(Cerro Nido de Condor:2243m)の斜面をトラバースするようになり、やがてサイレンシオ谷(Valle del Silencio)が望めるようになってきた。踏み跡はやや心もとないものの、その先もずっと続いているので、そのまま歩いてゆく。

サイレンシオ谷が見えてきた
谷に向かって下り始めると、前方にはトリデンテ山(Cerro Tridente:1878m)、エスクード山(Cerro Escudo:2240m)、フォルタレーサ山と、次々と視界に入ってくる。全くノーマークだったが、なかなかに迫力ある展望だ。
谷底に下りると、そこからはモレーン上を延々歩くことになる。見上げればニド・デ・コンドルが奇怪な顔で迫り、前方の眺望もますます優れたものになっている。やがて、前を歩く人の姿が見えたが、彼も1人を堪能しているようなので、邪魔しないよう、少し距離を置いて昼食休憩を取り、私も1人を満喫した。

サイレンシオ谷の眺め
ここまで来たら谷奥まで歩こうと決心して、歩行を再開。岩がちで歩きにくい道が続くが、踏み跡を見失わないようにして進んでいく。しばらくすると、いよいよ谷奥が望めるようになり、フォルタレーサ山の全貌と氷河が見えてきた。そして左手には、トーレスの裏側が頭上にある。これは思わぬ掘り出し物だ。まさか裏トーレスまで見られるとは…あまりに素晴らしいところだったので、ここで腰を下ろして、しばらく周囲の展望に見入ったのであった。

谷奥に聳えるフォルタレーサ山

裏トーレスの姿
こうして、1時間ほど辺りを眺め尽くしたら、後ろ髪を引かれながらも帰途につく。後は淡々と歩いていく…が、途中で踏み跡を見失ってしまい、岩を越え崖を登り、正規の道に戻るまで一苦労であった(やはり油断してはいけない)。結局、ハポネスの謎も、その先の道の意味もわからず仕舞いだったが、非常に印象的な1日で、大満足であった。