ショックから一夜明け、テ・アナウ上空には青空が広がっていたが、ケプラーの山にはまだ雲が残っていた。どうなるか不安だったので、さっそく身支度を整えてバックパックを担ぐと、これが信じられないほど軽く感じる。まだ普通のトレッカーより大きい荷物だが、それでもグリーンストーンで全てを背負って歩いた分、体が鍛えられたようだ。災い転じて福となす、と言うべきか、まるで大リーグ養成ギブスを外したかのように身軽になっていた。
DOCに行ってみると、いまだ積雪が多いため、途中はやはりヘリでの移動になるが、それも天候次第では不可能になるかもしれないという。とはいえ、今からまた1週間先の予約を取り直すわけにもいかないので、ひとまずは従来通り歩くこととする。そしてハット・チケットを受け取り、バスで起点となるコントロール・ゲート(Control Gate)へ向かった。
ゲートを10時前に出発したら、しばらくはテ・アナウ湖岸に沿って整備された道を歩いていく。ブナを中心に、コケとシダが交互に現れる森を快適に進むと、20分ほどでドック・ベイ(Dock Bay)に到着。賑やかな集団がいるなと思ったら、日本人の中高年のグループだったので、ここは一声だけかけて先へ急いだ。
さらに40分ほど歩くと、ブロド・ベイ(Brod Bay)にたどり着く。公式には1時間半かかるとあったが、実際には1時間で来てしまったわけだ。ここで休もうかとも思ったが、大した景色ではないし、サンドフライも多いので、様子だけ伺ってあっさり通過していった。

ブロド・ベイの森
ここからは左折して、長い登りが始まる。グレート・ウォークだけあって適度なジグザグ道が続くが、おそらく歩き慣れていないと疲れてしまうだろう(実際、私の前を歩いていたご婦人は、途中からものすごく辛そうだった)。やがて先のカップルを追い抜き、1時間ほど登るとテ・アナウ市街を見下ろす展望地が登場。ここで昼食とし、綺麗な景色を眺めながら、持参したサンドイッチを口にした。

テ・アナウ市街の展望

ライムストン・ブラフ
展望地から少し登ると、ライムストン・ブラフ(Limestone Bluffs)の岩壁が眼前に現れる。道はこの横を通過し、それからはまた森の中の登りとなるが、次第に木々が薄くなり、森林限界が近いことを知る。するとまもなく鶯色の森となり、しばし幻想的な風景が広がった。これはカス&ラグーン・サドルと同じものだが、変化があって面白い。
それからさらに登ると森林限界に達し、突然視界が開けた。ラクスモア・ハット(Luxmore Hut)まで45分との表示もある。あれっ? ブロド・ベイから4時間半かかるとあったが、まだ2時間しか経っていない…身軽になったせいか、だいぶ早いようだ。
森林限界から先は、タソット帯の中で素晴らしい展望が広がっている。東にはテ・アナウ湖とテ・アナウ市街、南にはマナポウリ湖、西にはラクスモア山(Mt Luxmore:1472m)に連なる山々、そして北にはブラック・コーン(Black Cone:1679m)やオーウェン山(Mt Owen:1769m)などのマーチソン山脈(Murchison Mountains)が一望できる。周囲には雪がまだかなり残っており、山の頂きは雪化粧していて美しい。とても真夏とは思えない光景だ。
この大展望を見ながら平坦な道を歩いていくと、30分ほどでハットに到着する。ハットからはテ・アナウ湖が一望でき、マーチソン山脈と合わせて素晴らしい景色を堪能できる。なんというロケーションだろう。小屋自体も綺麗な上、これだけの景色を眺められるとは、これまで泊まったハットの中でも最高級の部類だ。さすがにまだ泊まりの人は多くなかったので、しばしこの風景を眺めて大展望を味わい尽くした。

鶯色の森

森林限界上から望むテ・アナウ湖

ラクスモア山方面 (奥が山頂)

マーチソン山脈

ラクスモア・ハットからのテ・アナウ湖
しばらくすると、だんだんと宿泊する人たちが増えてきた。もうだいぶ景色も味わったことだし、せっかくなので、ここから10分ほどのラクスモア鍾乳洞(Luxmore Caves)にも寄ってみることにした。
洞窟は真っ暗なので懐中電灯を持参していくが、中に入ると、まず狭い部分を通過していく。ここを越えると再び広くなり、鍾乳洞らしい風景が広がり始めた。好奇心に後押しされて、右に折れながらどんどん下っていく。所々狭い部分もあるが、気をつけて歩けば十分に通っていけそうだ。
しかし、さらに右に折れて進もうとしたところで岩が立ちはだかり、ここを越えるのは危険な予感がした。電灯を照らしてみても、この先すぐに何かすごい景色があるわけではないらしい。おまけに1人だ。何かあったら危ないので、ここで断念して引き返すことにした。
ところが、怖かったのはむしろ帰りだ。行きは好奇心で下っていったが、帰りは、もしこの電灯が切れたらどうしようとか、正しい道を引き返しているのだろうかとか、いろいろな不安に襲われる。幸い元の道を戻っており、まもなく入口の明かりが見えたので安心したが、やはり1人で行くべきではないだろう。

ラクスモア鍾乳洞

奇怪な造形が続く

1人だと恐ろしいほど
ハットに戻ると、5時半から無料のガイド・ツアーがあるのに気づいた。せっかくなので参加してみると、ワーデンの解説を聞きながら散策を行なう。結局10人程度の参加だったが、周辺の植生やタカヘのことなど、なかなか興味深い話を聞くことができた(野生のタカへはマーチソン山脈に生息している)。
ハットは50人の定員だったが、この先の区間が歩けないためキャンセルが続発し、実際に泊まったのは半分程度に過ぎなかった。それにしても小屋の設備といい、ロケーションといい申し分ないし、鍾乳洞や無料ツアーまである。まさに至れり尽くせりで、これまでいろいろな山小屋に泊まったが、最も素晴らしいところだと思う。初日から大満足だ。