こうして偵察行を終え、無事洛絨牛場に戻ってくると、ここで働くチベタンの女性が駆けつけてきて、急いで下山しろと言い出した。何事かわからず困っていると、中国人の男が通訳に入ってくれ、荷物を誤って下ろしてしまったので、入口まで取りに行かないといけないらしい(どうやら、ここは1泊で帰るのが常識なので、置いてあった荷物は全て馬に乗せてしまったようだ)。そんなバカな…
とはいえ、荷物がないとどうしようもないので、ここは下山せざるを得ない。もう夕方間際になっていたので、止むなく馬に乗って下山開始。途中で于さんが馬で上がってきて驚いたが、向こうもこちらとすれ違って驚いたようだ。そして、まもなく入口に到達しようというところで、私の荷物を背負った男が現れた。なんでも、誤って荷物を下ろしてしまったので、これから洛絨牛場に戻るところだという。もう日が暮れており、いくらなんでも無理があるので、ここはさらに下って、入口近くの龍龍壩藏居に宿を取ることにした。
すると、しばらくして于さんが宿に現れ、お互いこの偶然にビックリしてしまった。なんでも、彼女は今日仙乃日の周りをコルラ(周回巡礼)し、三神山の姿を拝んできたらしい。これで稲城亜丁の観光は終わりで、これからチベットに向かって、最後は四姑娘山の隣り、三姑娘山に登って旅を終える予定だという。北京で働いているというのに、随分とバイタリティのある人だ。
それにしても、どうしてこれほど日本語が上手なのか不思議だったが、話を聞いて納得した。彼女は以前日本中を一人旅して、大阪以外の全都道府県を制覇したとのこと。その際、様々な人の世話になったので、日本には好印象を持っているのだという。中国では、このところ反日感情が強まっているが、こういう人もいるのだなと、ちょっと感動であった。
さて、思いがけず振り出しに戻ってしまったが、翌日は晴天に恵まれ、宿からも仙乃日の雄姿が見えている。昨日の男がガイドをしないかとしつこいが、断りつつ一緒に歩いていくと、再び冲古寺の分岐に到着。雲がかかってきたものの、まだ仙乃日は見えていたので、ここは右に折れて珍珠海を目指すことにした。
冲古寺を過ぎ、森の中を登っていくと、しばらくで平坦な道となり、仙乃日が正面に鎮座している。何という迫力だろう…さすがは神の山だと感心し、さらに奥の湖に向かう。そして、丘を越えて湖畔に降り立つと、珍珠海越しに仙乃日が立ち尽くしているではないか。思わず拝みたくなってしまうような光景だ。

珍珠海から望む仙乃日
まだ雲がかかっていたので、カメラを構えて待機していると、ほどなくして10人ばかりのグループが現れ、たちまち賑やかになってしまった。何を思ったか、漢族のおじさんが五体投地(の真似事)を始め、周囲は記念撮影で大盛況だ。これでは神の世界も台無し…諦めて冲古寺に戻ることにした。
分岐に戻ると、先ほどとは見違えるほど天気が回復し、仙乃日は美しい全貌をさらけ出している。しかし、夏諾多吉は雲に隠れたままで、その姿はベールに包まれたまま。どうせ時間はあるし、このまま待てば見えるかもしれないと思って、しばらく待機することにした。

仙乃日を仰ぎ見る

夏諾多吉は雲の中…
1人のんびりと佇んでいると、その様子がおかしかったのか、暇そうな馬引きが近づいてきて、何やら話しかけてきた。彼らは皆チベット族で、漢族とは違って人懐っこい。筆談で日本から来たと伝えると興味を持ったようで、いつの間にか10人ばかりに取り囲まれてしまったが、暇つぶしには最適であった。
そうこうするうちに3時間近くが経過したが、いまだに夏諾多吉は姿を見せない。仕方なく出立の準備を始めようとすると、不意に「安藤さんですか?」と声をかけられた。見れば、日隆で会った中山さんではないか。実は理塘に着いた夜に連絡したら、まだ甘孜にいるので2~3日遅れるとのことだったが、こうしてまた会えるとは…
彼は中国人のトレッカー数名と一緒に行動していて、今日は洛絨牛場に泊まり、明日から卡斯地獄谷を巡って下山するのだという(やはり中国語が堪能だと柔軟に動けて羨ましい)。その後、国慶節を徳栄で過ごし、次いで梅里雪山に向かうそうなので、もしかしたらまた会うことになるかもしれない。

牧草地の風景

神水門にて
こうして、2人して道中の景色を楽しみつつ歩き、再び洛絨牛場に戻った。ここでは食事の注文が難儀だったが、彼がいるとそんな心配もなく、しかも夕食をご一緒させていただいて、数品目の豪華な食事にありつくことができた(やはり中華は人数が多い方が良い)。有難い限りである。
そして、天気の方も徐々に快方に向かっているようで、だいぶ青空が覗くようになっていた。まだ央邁勇にも夏諾多吉にも雲がかかっているが、この調子なら明日には見えてくれるかもしれない。なんだかんだで3日が過ぎ、残りは4日ほどになってしまったので、そろそろ現れて欲しいところだ。