朝、野鳥たちのけたたましい鳴き声で起きると、昨日とは打って変わって雲一つない好天に恵まれていた。しかしその分冷え込みも厳しく、車の窓には露が凍って付着している。本土は暖かいというイメージがあっただけに驚いたが、ともかくフリース無しでは出られないほどの寒さの中、朝食を済ませて次なる目的地に向かった。
この日は、北の外れにあるステフィルトン山(Mt Stapylton)周辺を周回することにした。このコースはロンリープラネット社のガイドブックに紹介されており、現地のパンフレットにもその景観が掲載されている。やや遠いものの、グランピアンズの「本当の」見所の1つであると言えよう。
まずは昨日来た道を引き返し、山道のアップダウンをこなしていく。マッケンジー滝入口を越え、ズムスティン(Zumstein)を通過すると、途中でカンガルーが早足で横断していった。距離が多少あったので焦らなかったが、かなりの早さだ。
さらにワルトック(Wartook)を過ぎて、平原を北上する。朝早いせいか、車の通行はほとんどなく、快調に飛ばしていく。と、いつの間にか分岐を過ぎていた(大した標識もない)ので引き返し、しばしのダートを東へ走って、まもなくステフィルトン山キャンプ場に到着した。
キャンプ場は意外にも大混雑だったが、ちょうどツアー客などが去る準備をしているところであった。人間たちがせわしなく動き回る中、周りではワラビーが餌をあさったり、数多くの野鳥たちが気持ちよく飛び回っている。この公園は野生動物の楽園のようで、手軽にその姿を拝見できるのが良い(花の時期には700種あまりが咲くという)。ここに車を置いて、さっそく歩き始めることにした。

ワラビー
キャンプ場からは、まず東寄りに進路を取り、正面のオリーブス山(Mount of Olives:488m)の岩壁目指して平坦な道を進む。やがて岩壁が近づいてくると、道は巻くようにして、岩の裏側に向けて登り始めた。雲一つなく、しかも(日曜にもかかわらず)誰もいないので、自分のペースでのんびり歩いていくと、30分ほどで岩の上に出る。ここからは雄大な展望が広がっており、遠くには木々が点在する平原と奇岩壁が見られ、何かアフリカのサバンナのような景色だ(ミニ版と言うべきだろうが)。

オリーブス山

岩壁上からの展望

道中の奇岩
この先は、奇岩の間を縫うようにして進んでいく。時々面白い形をした岩が見られるが、よく見ると落書きがされている…ニュージーランドやタスマニアでは見られなかっただけに残念である。
この辺りは岩の上を歩いたり、展望が開けたりと、変化に富んだ道を進むが、時に思わぬ方向に進路が変わったりして驚かされる。さらに30分あまり歩いたところで、ステフィルトン山への分岐に到着。ここから少し歩くと、左手に大きな岩壁が迫ってきた。やがて岩壁と岩壁の間を歩くが、音が妙に響いて不思議な感覚だ。
すると、突如左手の岩壁上を歩くようになり、展望が急速に広がり出した。周囲の奇岩帯が一望でき、なかなかの迫力である。そして岩の上に着いたかと思うと、さらに頂上に向けて道が続いており、岩壁の中ほどを進んでいった。
このまま行くと下っていくな、と思って歩いていると、いきなり右手の岩壁を登るようになったので、半ロッククライミング状態でここをこなしていく(短いが結構険しい)。すると、まもなく頂上に到達。少し雲が出始めていたものの、西にはホーロー山(Hollow Mountain:388m)やゼロ山(Mt Zero:391m)の奇岩群、東にはディフィカルト・レンジ(Mt Difficult Range)などの大展望を欲しいままにして、しばし景観を堪能した。

ゼロ山 (中央) やホーロー山 (右) 方面の展望

ディフィカルト・レンジ方面の眺望

頂上付近の奇岩
ここまで誰とも会わなかったが、頂上にいると、何故か人の気配がする。何だろう? 不思議に思いながら辺りを見回すと、下の方で老夫婦を発見したが、この人たちの気配ではないようだ。
やがてハエがしつこくなってきたし、頂上の展望も満喫したので、下山に取り掛かる。険しい岩場を注意深く下っていくと、分岐の辺りで先ほどの夫婦と遭遇。かなりお年を召されているようで、相当ゆっくりと歩いているが、この先大丈夫だろうか…
分岐からは右折し、周回状に歩いていく。しばらく岩盤上を下っていくと、正面にバード・ロック(Bird Rock)という奇妙な岩が現れた。確かに鳥の形をしているが、まるで二流の芸術家が造ったように見える。とても自然の造形とは思えぬ出来栄えだ。

バード・ロック
ここからさらに下っていくと、まもなく右手に踏み跡が現れた。好奇心にそそられ、岩壁目掛けて歩いていくと、やがて人の声が聞こえてきた。ロッククライマーだ。先ほどの「気配」はこの人たちだったのだ。
この辺りは断崖絶壁になっているので、格好の遊び場なのだろう。振り返れば来し方の大岩壁、タイパン・ウォール(Taipan Wall)が姿を現し、自分があの上にいたとは思えないような景観が広がっている。これは素晴らしい。まもなく分岐に差しかかるが、この光景をより高いところから見ようと、私はゼロ山キャンプ場方面の岩盤に登って、最高の景色を味わった。

岩壁よりステフィルトン山を望む

タイパン・ウォール

ホーロー山
分岐まで戻って右折してからは、元のキャンプ場に向けて緩やかな道をゆく。朝のうちは陰になっていた岩壁も、この頃にはだいぶ日が差してよく見えるようになっている。少々距離はあるが、淡々と歩いていった。
キャンプ場に戻ると、朝の賑わいはどこへやら、人間はほとんど居なくなっており(テントが2つ残されているだけ)、代わりに動物たちが活発に動き回っていた。多くのテントが張られていたところにはエミューの群れが現れ、餌探しをしている。野鳥たちは相変わらず数多く、鳴き声が賑やかだ。やはりここの主役は動物たちなんだなと実感しつつ、遅めの昼食を平らげてこの場を後にした。

エミューの群れ
結局、このコースは4時間ほどで歩くことができたので、日が暮れるまでにはまだだいぶ時間があった。帰り道、せっかくだから代表的な景勝地、ザ・バルコニーズ(The Balconies)に立ち寄ることとし、元来た道を引き返していく。そして、マッケンジー滝への分岐を過ぎて登っていくと、しばらくでリード展望台(Reed Lookout)への道に入っていった。
駐車場にはたくさんの車が並んでおり、先ほどまでとは大違いであった。ここから平坦な道を1kmほど歩くと、難なくバルコニーズに到着。確かに口を開けた獣のように見えるが、景色も含めて、それほど特筆すべきものではない。少々落胆しつつ戻り、駐車場からすぐの展望台にも寄ってみるが、これも大したことはない。車でのアクセスが容易な「名所」にありがちなパターンであった。

ザ・バルコニーズ
それでもまだ時間があったので、もう1つの名所とも言うべきザ・ピナクル(The Pinnacle)へ向かうことにした。ホールズギャップ方面に進んで分岐を入っていくと、バルコニーズほどではないが、やはり多くの車が居並んでいる。ここから歩き始めるが、もう夕方近いこともあって、下ってくる人ばかりであった。
まもなくグランド・キャニオン(Grand Canyon)という峡谷を歩くようになるが、ここも大したことはない。それからしばらくでユーカリの森歩きとなり、続いて再び岩だらけの中を進む。ここで中国人のグループを追い抜き、サイレント・ストリート(Silent Street)と呼ばれる狭い岩の間を抜けていくと、まもなくザ・ピナクルの展望台に到着。『地球の歩き方』には往復4時間半と書かれていたが、実際には片道30分ほどであっけなくたどり着いた。

グランド・キャニオン

サイレント・ストリート
展望台は中国人の若者たちに占拠されていたが、私が登場すると退いてくれた。ここは切り立った崖の上にあり、ホールズギャップやベルフィールド湖(Lake Bellfield)などの展望が素晴らしく、「名所」の中ではお勧めできるところだ。
しばらく景色を眺めていると、先ほど追い抜いた中国人がやって来たが、展望台にいた若者とは同じグループらしく、大変な賑わいになってしまった。早々に退こうかと思ったが、写真撮影を頼まれたりしてどうにもならない…
下り始めてからは、元の道を淡々と歩いて駐車場に帰着。さすがにだいぶ車は減っていたが、それでも、まだこれから歩き始めようとする人もいる。やはり名所ばかりでは良さが半減するなと思いながら宿に戻り、1日中動いた疲れもあって、早々に眠りについた。

ホールズギャップ方面の眺望

ベルフィールド湖方面の展望