ペルー南部を巡るツアーも終盤に差しかかり、ついにクスコを発って、チチカカ湖(Lago Titikaka)畔の街、プーノ(Puno)に移動する。バスターミナルに赴き、その場でチケットを購入。少々の待ち時間の後、バスは出発となった。
最初は空席もあったが、ウルコス(Urcos)からは満員となった。周囲にはアンデスの山々を望む高原帯が続き、所々でアルパカ(Alpaca)やリャマが草を食んでいる。プーノまでは7時間もかかるので、のんびりと車窓を眺めて過ごした。
3時間半ほど走ったところで、ラ・ラヤ(La Raya)という峠にやって来て、小休止となった。ここは標高4321mもあるが、一度アマゾンに下ったせいか、体調もすっかり回復して問題ない。ちょうど列車も停車していて、周囲は賑やかだったが、気持ち良い風に気分をリフレッシュすることができた。

ラ・ラヤより
再び狭い車内に乗り込み、ここからアルティプラーノ(Altiplano)と呼ばれる高原をひたすら進む。フリアカ(Juliaca)で乗客がだいぶ入れ替わり、さらに30分あまりで大きな湖が見えてきた。あれがチチカカ湖のようだ。もう暗くなっていて、その神秘の姿はよくわからないが、明日からはこの湖を探訪するので楽しみだ。
こうしてプーノに到着すると、迎えの車でHotel Tikaraniに入る。ところが、今日はお祭りがあるそうで、街中は人でごった返していた。そのため、車も宿の前まで行けず、途中からは歩いて向かうことになる。その後、夕食を兼ねて外に出たが、祭りはたいそうな盛り上がりを見せていて、なかなか興味深いものであった。
明けて4日、いよいよチチカカ湖に繰り出すことになる。幸い、朝から久々の快晴に恵まれ、絶好の天候だ。
宿を出ると、港までは人力車で移動。ここでも観光客の多さに驚いたが、出発までの間、露店で米やパスタなどの食料を購入する。と言うのも、今夜はアマンタニ島(Isla Amantaní)の民家に泊めてもらうので、そのお礼に、現地で入手しにくいものを持参するのだ。既に昨夜、子供向けの文房具は買っておいたので、これで大丈夫だろう。
やがて出発の時間を迎え、ほとんどの船が一斉に準備に取りかかるが、我々の船は運良く先陣をきることができた。まず目指すのは、トトラ(Totora)という葦を積み重ねてできた浮き島、ウロス島(Islas Los Uros)。ここは非常に人気の観光スポットなので、混み合う前に寄りたいところである。

チチカカ湖畔を出発

ウロス島が見えてきた
30分あまりの航行で、眼前に浮き島が見えてきた。ボートはこのうちの1つに着岸し、上陸を果たすが、足元はふさふさしていて、何とも言えない心地よさがある。周囲を歩いてみると、意外にしっかり作られていて安全だとわかるが、中には水が染みてきているところもあった(きっと後でトトラを重ねるのだろう)。
ガイドが島についての概略を説明したら、後はしばらく自由時間となった。と言ってもやることがないので、お土産を物色し、可愛らしい舟のミニチュアを購入した。が、時間が経つにつれて、観光客が波のように押し寄せてきたので、バルサ(Barsa)と呼ばれる舟で隣りの島に移動することとなった。

バルサ

隣りの島へ
この舟もトトラを束ねて作ったものなので、最初はちょっと心配だったが、静かな湖面をゆらゆらと進むので、思いのほか気持ちが良い。短い舟旅を終えると、こちらには展望台があったので、他の人たちがバレーボールに興じている間に、展望台に上がって周囲を見渡す。ここには大小40の島があり、約700人が暮らしているというから驚きだ。あまりに観光地化しているのは残念だが…

展望台からの眺め
こうしてウロス島を後にし、続いてアマンタニ島を目指す。チチカカ湖は琵琶湖の12倍もあり(世界で5番目の広さ)、まだそのごく一部が見えているに過ぎないのだが、まるで海のような大きさである。しばらくすると、前方にはボリビア側のアンデス山脈(Cordillera de los Andes)が美しい姿を見せ始め、気持ちの良い航行だ(風は強いけれど)。

アマンタニ島
3時間あまりでアマンタニ島に到着すると、港の上には迎えの人たちが並んで待っている。我々は4組に分かれ、それぞれの家族に引き取られていくが、私はオーストラリアの中年男性と一緒で、2人ともスペイン語が話せない…家に着いたら、とりあえず食料と文房具を差し上げ、昼食をいただくが、やはり会話が続かず気まずい。そこで、クスコで購入していた「かっぱえびせん」(韓国製)をプレゼントすると、子供にも喜ばれ、少しは場がなごんだ。
しばらくすると、街中の広場に集まり、ここでミニサッカーをすることになった。私もなぜかメンバーに借り出され、地元のガイド&クルーと4対4、3分半ハーフで試合を行う。ところが、チチカカ湖の標高は3855mと富士山より高く、グラウンドはさらに上にあるので、すぐにバテバテ。私は序盤、1アシストで貢献したものの、後半になると完全に足が止まり、防戦一方となった。それでも、何とか守備で踏ん張り、結局3対2で勝利!しかし、あまりに辛くて、最後は血を吐く思いであった(ブラジルやアルゼンチンでさえも、ボリビアで試合をすると弱くなるのがよくわかった)。
試合終了後、こちらが息も絶え絶えで苦しんでいるというのに、ツアーリーダーは無情にも、これから山の上に歩いていくと言う。口の中に血がにじむ中、必死で付いていき、やっとのこと山頂に到達すると、そこは既に夕陽を待ち望む観光客で一杯であった。確かに夕陽は綺麗だったけれど、こんなところまで混雑しているとは…

アマンタニ島から見る夕陽
陽が沈み、下山したら夕食をいただく。ジャガイモとマメだけを使った質素な料理だが、これが結構美味しい。そして、渡された民族衣装に着替えてダンスパーティとなるが、もう1人は高山病でダウンしたので、1人で会場に向かった(私を見て、白人の人たちは「ペルー人みたいだな」などと言っていた)。踊りは単純なもので、すぐにマスターできたが、元来こうした催しは好きでないので、控え目に過ごす。しかし気を使ってか、ホストファミリーの奥さんが何度か踊りに誘うので、不覚にも数回は踊る羽目になってしまった。

ダンスパーティの様子