被災者が多くなると、混乱を避け効率良く管理するために、規律を設けなくてはなりません。規律を設けると、規律を守る人と破る人、そして規律に乗れない人が発生します。大多数の規律を守る人については論ずる必要はないと思います。また、規律を破る人については管理・指導しなければなりませんが、それは規律を設けた機関の仕事だと思います。魚崎小に当てはめるなら本部になるのではないでしょうか。最後に残された規律に乗れない人、すなわち消極的に規律を守らない人、言い換えるなら規律を守りたくても守れない人、これらの人を助けるのがボランティアだと思います。7時までに並ばなくてはならないけど並べない。食料の配布があるけど運べない。そのような人たちの手足になるのがボランティアではないでしょうか。
炊き出しや掃除等々500人以上の世話をすることは大変なことで、それらの活動を否定するつもりは全然ありません。でも、それらの活動は何に対してのボランティア活動なのでしょうか。私には、被災者に対してというより被災者を管理する機関に対するボランティアに映ってしまいます。確かに、今回は行政等管理する機関も被害者であり、機能していない面もあるので、それを援助することも大事だと思います。その活動に大勢の人々が感謝していることも理解しています。それでもなお納得がいきません。再び強調しますが、それらの活動を決して否定しているわけではありません。
もし、今回の地震による被害が数家族だけだったらどうなっていたでしょうか。行政が援助の手を差し伸べることはないと思います。そしてボランティアも集まらず、被災した人たちの頑張りだけが自らを救う手だてになっていたと思います。「今回たまたま神戸だっただけです」と我々ボランティアに感謝しながら、自らの手でガレキの中から家財道具を出していたおじいさんがとても印象に残っています。
身の回りにいる、自分たちだけでは生活が大変な人などの手助けをするのがボランティアの原点ではないでしょうか。500人、1,000人を助けるために効率を重視するならば、それはボランティアの精神に反するような気がします。行列に並べる人なら、掃除をすることはできると思います。水を運べる人なら、ガレキをどかすことができると思います。彼らだけでできないなら、もちろんお手伝いいたします。あくまでも彼らの行動の援助が目的で、彼らに施すことは目的ではないと思います。大勢の人たちに施すため、時間を区切り、場所を限定して弱者を排除するなら、まさに行政となんら代わりはないと思います。行政の肩代わりをするのか、弱者救済を主とするのか、決断が必要だと思います。
私が現地にいた時点では、被災者が持つ行政に対する不信感よりボランティアに対する感謝の気持ちの方が強く、また、いつも接しているのは見ず知らずのボランティアの人たちのため、被災者から直接苦情を聴くこともありませんでした。すなわち、ボランティアは行政と被災者との間でクッションの役割を果たしていました。でも、そんな状態がいつまで続くのでしょうか。1日も早く行政も被災者も自立してほしいと思います。
フランスやアメリカのボランティアは組織化されていますが、政府から援助をもらい、なかばプロ化していると聞いています。援助をもらえば報告の義務が発生しますから、助けた人数が重要な問題となります。そこで弱者が切られます。そのようなボランティアも絶対に必要なことは認めます。もし神戸市がそのような人たちをアルバイターとして雇い入れるなら、素晴らしいことだと思います。なぜなら、それは神戸市の自立だからです。それでも、10万人以上の被災者を抱えた神戸市に弱者救済を要求することは「木を見て森を見ず」となってしまう恐れがあります。大多数を助けるためには、ある程度の弱者は切り捨てられます。仕方がないことです。だからこそボランティアが必要となるのです。被災者にあえて上下をつけるなら、行政は上から助け、ボランティアは下から救うべきだと思います。ボランティアが行政の走狗(*)となったら誰が弱者を救うのでしょうか。走狗が良くない言葉なら、広報と言い直してもかまいません。ボランティアが広報活動をしていれば、被災者は文句を言えません。なぜなら、被災者はボランティアに感謝しているからです。
行政は仕事ですから効率を重んじなければいけません。ボランティアは仕事ではありません。1つ1つ丹念に、手作りで行なうべきではないでしょうか。
最後にお願いなのですが、自分のしてきたことに固執するあまりに、本来の目的であるボランティア精神を忘れないようにして下さい。他からの助言や指導により活動方法を変更しても、それまで行なってきたことの否定にはなりません。なによりも目的は被災者援助だと思います。手段については大いに議論し、より良い方法を模索するべきだと思います。他の意見を拒絶することは、組織硬直化の第一歩となります。
好き勝手なことを書きつづり申し訳ありません。また機会がありましたら参加させて頂きたいと思っています。身体に気をつけて頑張って下さい。
*人の手先となって使われる者を軽蔑していう語。