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連隊館震災ボランティア第 II 部 ボランティアを体験して
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震災ボランティア:第 II 部 ボランティアを体験して

1つ1つの出来事を大切に

U.S.(2/9~2/18)

 2月9日の朝、阪神青木駅に着き魚崎小学校まで歩く中、「こんなところで何ができるのだろう、私に。早く東京へ帰ろう」そう心の中で繰り返し思っていました。東京を出る時には「何でもいいから自分のできることをできる範囲でやろう」と思い、新聞・テレビなどで神戸の様子を見て心の準備をしてきたつもりでしたが、現地で見る光景はあまりにすさまじかったのです。きちんと建っている家を見つけることは難しく、道路は縁石がはずれてガタガタ。そんな道なのに、車は大変多く、かごや荷台に水の入ったボトルをたくさん乗せて自転車で行く女性がその間を横切る。おびえた瞳で体の震えが止まらない野良犬。情報として知っていたはずだったが、目のあたりにして、私自身もおびえてしまったのです。おびえる余裕があったのだから、あの時はまだ良かったのでしょう。

 小学校に着いたら、そんなおびえている暇はありませんでした。何から何まで初めての中で、極限状態の中で、みんなは生活していました。生活に必要な物は何でもありました。でも、その物資もいつ無くなるかわからない。仕事も家もない。「私は何もかも無いけれど、あの人は家が半分残っている」と、そんな風に隣で寝ている人をねたんだりする人も多くいました。そんな風に心が傷ついてしまっている人たちに、物を(特に食べ物を)配ることの難しさを知りました。

 私のいた10日間、小さな事件は毎日(毎時と言ってもいいかも)起こりました。避難所では当たり前のことかも知れません。その中のいくつかを書きます。

 内回りをしている時(避難所内を回り意見・要望を聞く。愚痴や不満のはけ口にしてもらう意味も強い)、講堂の1人の女性に、家の屋根にかぶせるシートがほしい、と言われた。「急いでほしい、なければお金を払うから他で買ってきてほしい」と言うので、本部の人に聞いて1枚は手配した。あとの3枚はボランティア同士で話し、2日中に日帰りで来ているボランティアに買ってきてもらい、それをその女性に買ってもらうことにした。シートが手に入った時、その女性は不在だったため、「シートが手に入ったのでお金を持って来てほしい」という様な内容のメモを残してきた。翌朝、コーディネーターの下村さんが本部に呼ばれ「勝手にこういうことをされては困る、本部を通してほしい」ときつく言われた(どなられた)。下村さんの推測では、お金を取って物資を渡したら横流しにしているという噂が流れるかも知れないからだろう、とのことだった。

 確かに、このことは私の考えが不足していたために起こってしまったことです。下村さんにも大変ご迷惑をおかけしてしまいました。この場所は極限状態にあって、常に細心の注意を払って行動しなければいけなかったのです。私にとっては大変勉強になった1件でしたが、そのためにシートが手に入らなくなった女性には本当に心から申し訳なく思いました。私たちがうまく行動しなければ、一番弱い人が困ったり、悲しんだりすることは、どうにもやるせなく、辛いことです。

 その事件と同じ日の夜、ミーティングのために集まったファミリーのメンバーの所に、避難者でもあり本部のメンバーでもある男性が来て、言葉も荒く、「ボランティアは本当にしてほしいことは何もしてくれない。本人たちは満足して帰る様だが、我々は迷惑だ。本当にやる気があるのなら夜警を手伝ってほしい」という様な内容のことを言われた。その男性が去ったあと「彼は余裕をなくしているから、今のことはあまり気にしなくてもいいんじゃないか」という様にその場はまとまって、ミーティングになった。その夜、自主的に夜警を手伝いに行った男性メンバーもいたようだ。

 その男性は、それ以前はとても優しく、食事の時など「早く食べてきなよ、遠慮していると食べられないよ」など、よく声をかけてもらったもので、ボランティアに対してのあたりもソフトで良い人でした。たぶん本気で「何もしてくれない」とは思ってはいないと思います。でも「気にしなくても良いこと」には私には思えなかったのです。今まではボランティアを優しい目で見てくれていた人が、あんなことを言いに来る。彼らに対して、私たちは何か逆なですることをしているのだろう。「怒鳴りこみに来た嫌な奴」ではなく、この数日の自分たちの行動に何か不注意はなかったか。夜警は無理でも、何か小さなことの積み重ねでいいから信用を取り戻すにはどうすれば良いか、話し合った方が良かったのではないかと思っています(話し合うだけの余裕があの時の私たちにあったかどうかは疑問ではありますが)。

 後から聞いた話では、今では(3月に入ってから)避難所の様子もだいぶ落ち着き、少しずつ和やかになっているようなので「良かった」と思っています。

 私が神戸にいたのは10日間、本当に1つ1つが全て勉強になりました。でも、自分は彼らに何ができたのだろう、と考えると胸が痛くなります。

 帰る前日、開店前の薬局(プレハブを建てて店を始めようとしていた)で買い物をしました。私の名札を見てか「来てくれてありがとう。頑張って下さい」と栄養ドリンクを2本、お店のおじさんがくれました。「頑張って下さい」とお店を出た後、何だか涙が出てしまいました。

 みんな壊れてなくしてしまっても立ち上がる人たちに、私は何もできなかったけれど、心から頑張ってほしいと思っています。そして、まだ立ち上がれていない人たちにも、頑張ってほしい、と心から応援しています。

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