僕は、2月23日から3月3日までの9日間、魚崎小学校で活動しました。主な活動内容としては、校内のゴミの整理・回収・分別や西校舎の水汲みをしたことが多かったと思います。
ゴミは先にいらしていた高松さんや島川さんがビラを作っていたため、燃えるゴミ、燃えないゴミ、ビン・カンの3種類に分類するようにされていました。また、住民の方々の自立を促す意味も含めて、燃えるゴミは焼却炉の横まで、それ以外のゴミは北校舎裏のゴミ置場まで持って行ってもらうようになっていました。しかし、もともと分類する習慣がなかったため、分別してゴミを出してもらうのはなかなか大変なことであったように思います。そのため、焼却炉にビンやカンが見られることもあり、特にスプレー缶が混じっていると焼却中に缶が破裂することもありました。また、校内に設置してあったゴミ置場でもあまり分別はされていなかったと思います。そのため、回収の時に分別しながら回収していました。ですが、こういった分別も、北校舎裏のゴミ置場に持って行った分は業者に一括して持って行かれることを聞いて、実はあまり意味のないことなのかもしれない、という気もしました。とにかく、焼却炉に持って行く分だけは最低限しっかり分別するべきだと思います。そのため、これからもビラ等を使って、このことを宣伝していくことが必要でしょう。あと、校内設置のゴミ箱の燃えるゴミの中の新聞紙の割合が結構多くなっているような気がしました。また、廊下に山積している所もいくつかありました。今はわざわざ燃えるゴミと分ける必要は特にないと思いますが、将来的には必要になるかもしれません。
全体的には、自分が行った頃は人が多くなりかけで、人の多さに反比例して仕事の量が減り出した時期であったようにも思えました。とにかく、自分で仕事を見つけていかないと暇になることが多かったように思えます。これからは、被災者の自立に伴い外への食事の配給が12日で打ち切られると聞いていますし、在宅ケアの方も、保健所の方へ移行させていくであろうため、我々の仕事も少なくなっていくでしょう。こういったことは、被災者の自立が進んだ証拠でもあるので、良いことと思います。そのため、これからもボランティアとしての関わりを持ち続けていくことは大切であるとは思いますが、その関わりが自立を妨げるものであってはならないため、被災者が自立するための手助けに徹するのが良いと思います。例えば、ゴミの整理を日替わりで担当者を決めていくための調整をするなどです。そして、これからはむしろ突き放すぐらいでも良いのでは、と思います。とにかく、これからの関わり方についてはもっと考えていくべきでしょう。