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連隊館震災ボランティア第 II 部 ボランティアを体験して
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震災ボランティア:第 II 部 ボランティアを体験して

涙を流して感謝された

S.K.(2/10~2/14)

 私は、このたび神戸の被災地で1週間のボランティア活動を経験し、非常に多くのことを学んだように思います。1週間という大変短い期間でしたが、この1週間は普段の何倍も充実したものであり、それ自体が貴重なことでありました。

 私がこのボランティアに応募した動機と申しましても、何ともお粗末なものでありまして、ただ友人が行くと言うので、それならば一緒に連れていってもらおうと、ただそれだけのことでありました。もちろんそれ以前にボランティアに参加した経験はなく、従って今回の神戸におけるボランティアが、私にとっての今のところ唯一のボランティア体験であります。

 私は、ボランティアの意義というものについてはっきりとした考えを持っていたわけではありませんでした。また実際のところ、現地に入るまで、現地でどのような援助が必要とされているのか、どのような人材が必要とされているのか、といった具体的なことが全く分かりませんでした。これは、私のボランティアというものに対する認識不足によるものであったのかもしれません。

 現地において、合流したボランティアの方々とともに活動し、話し合ううちに、ボランティアというものが多少なりとも分かってきたような気がします。私のような者が現地に行っても、できることは非常に限られてくる。私は特殊な技能はあいにく何も持ち合わせていないので、私にしかできない仕事というものは現地にはありませんでした。ですから、私にできることというのは、たいてい他の誰にでもできるようなことなのです。

 このような者は、必要な時に手を貸してあげることができればそれで良いと思います。その代わり、必要な時にはいつでも手を貸せるようにしておく、ということぐらいしかできないと思いました。

 しかし、それでも我々の存在に意義があると感じたのは、現地の方々に心の底から感謝された時であります。特に老人のお宅を回った時などは、我々のほんの些細な手助けに対して、涙を流して感謝されました。我々は決して情をかけたわけではなく、ただ人間として当たり前に高まってくるであろう気持ちに従って行動しているだけであるのに、ましてや私のような若造に、お年寄りが、女性ばかりでなく男性までもが涙を見せるとは、ただごとではありません。私のような何の技術もない人間でも人の役に立つことが出来て、大変ありがたいと思いました。

 また別の話ですが、魚崎地区の防犯の副会長をやっておられる方はもうかなりのお年寄りなのですが、わざわざ我々ボランティアの寝泊りしている部屋までお見えになって、涙ながらに、ボランティアにお世話になっている、と丁重なお礼を述べて帰られました。このことが最も私の心に打たれたことです。何よりも先に涙がこぼれるほど感謝されるような行動は、何も出来なかったのに、私にとっては非常にもったいなく、申し訳ないことでした。

 現地では、嫌なこと、どうしても気に食わぬことなどもたくさんありましたが、私はこの1件のみで全てが救われたように思いました。ただ、1つだけ言わせて頂ければ、現地の本部の中には、ボランティアがいて当たり前、といった考えをお持ちの方々もいらっしゃったことが残念である。しかし、我々はしょせん数日間で帰る身であるので、とやかく言えるものではありません。

 5千人以上もの人命が失われた今回の大地震の被害に肌で触れることが出来たのは、貴重な体験でした。しかし、テレビで見ただけではわからないことが実際の目で見れば分かるのかというと、そうではありません。というのは、自分の置かれた立場によって見えてくるものが自ずと変わってくるからです。実際現地に着いてすぐ、まだ火事場見物の気分であった時に電車の窓から見た光景は「あぁこんなものか」という程度のものでした。その場所で寝起きして生活してみて何日間か現地と対話しなければ、この大災害の真の大きさは見えてこないのです。そのことを大いに感じました。できれば再び現地に行ってみたいと思っております。今回は本当に行って良かったと思える有意義なものでした。甚だ稚拙ながら、これにてこの文を終了させて頂きます。

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ガレキが道を塞ぐ

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