私が現地に入った時には、震災から早2ヵ月が過ぎようとしていた。そしてファミリー国立としては、ケア活動を現地の民生委員に引き継いでいこうとする段階であったと解する。私自身、その方向で活動を行なってきたつもりである。そこで、こうした事を踏まえて、今回の活動における問題点・反省点(リーダーとしての立場も含めて)を報告する。
まず、私も含めて、ボランティア全員の、ボランティアというものに対する認識不足があったように思われる。「ボランティア」という言葉は無償の積極的な社会奉仕を提供する人を指すものだと解する。実際、辞書にも「自分から進んで社会事業などに奉仕する人」(岩波国語辞典)とある。このような精神に則って活動していたのか、と問われると、恥ずかしいことだが、私はできていなかった。活動日程の後半は、この反省をもとになるべくいろいろな活動を試みた。私としては、ともに現地におられる松下電器産業労働組合のリーダーと密に連絡を取り合い、一部を手伝うという形を取らせて頂いた。しかし、与えられた仕事のみをこなすのではなく、自ら必要な仕事を見つけ、それを実行するべきだったと反省している。暇であるという時点で、おかしいと思うべきであった。
次に、国立本部への報告書FAXであるが、翌日に持ち越していたのは全て私の責任であり、ここで深くお詫び申し上げたい。言い訳になってしまうが、本部での代表者ミーティングが長引き、時刻的に遅くなってしまうことがよくあったのでFAXを遠慮していたものであり、その辺をご理解頂きたい。そうはいっても、リーダーとして、現地の活動状況をいち早く国立本部へ報告するのが私の仕事であり、怠惰なリーダーとなってしまったことは十分反省しなければならない。
まず食事についてだが、そろそろ自己負担に踏み切るべきではなかったかと思う。被災者への物資をボランティアが使用するのは問題があると思うし、それを対策本部の方が準備する(もちろん我々も手伝うが)のは立場的に逆である。要するに、ボランティアが1人増えることが被災者が1人増えることになるという図式が、当然のごとく処理されている。この状態は改善してゆくべきだったと思う。現地で食料を自己負担で調達し、少しでもお金を消費することは、現地の経済を活性化し、被災地の復興に寄与することにもなる。ボランティアの中に「ここにいればあまりお金を使わないし、食事もあるから、長居して活動しても平気」という意識が少しずつ芽生えているのも事実である。こういう意識は、ボランティアとしては大いに結構だが、現地の被災者の気持ちを考えると納得しがたい。
次に、起床時刻についてだが、前夜のミーティングでパンの搬入等の役割を決め、各々の起床時刻を確定するのだが、私も含めて守れなかったことがたびたびあった。さすがに疲れもあり、睡眠不足が重なっているわけで、わからないわけでもないが、やはり決められた仕事は最低限こなす必要があるのではないかと思う。かといって、ボランティアである以上、自主性を尊重し、起こすわけにもいかず、かなり考えさせられた。この問題については、個人の意志に任せるしかないと思う。皆が持っている、〈反省点〉の項目で述べたようなボランティア精神を十二分に発揮して頂きたい。
もう1つの問題点は、現地と国立本部との連絡についてである。現地→国立本部の連絡はFAXを通して毎日行なわれているが、国立本部→現地の連絡は皆無に等しい。これでは、重大な決定を行なう際や国立本部への依頼をしたい時に非常に時間がかかってしまう。もっと迅速な活動を行なうためには、現地と国立本部との双方の連絡を密に取り、お互いに状況を理解し合う状態が望ましかった。
現地到着後すぐに次期リーダーと知らされて戸惑うこともあったが、自分なりに精一杯努力したつもりである。しかしながら、未熟さから他のボランティアの方たちに多大なご迷惑をお掛けしてしまった。この場をお借りしてお詫び申し上げたい。また、こんな頼りないリーダーを立てて付いてきて下さった現地ファミリーの方々、影に日向にお世話して下さった国立本部の方々、頼りない学生ボランティアを温かく、そして寛大に見守って下さった現地、高砂本部長と現地本部の方々、松下労組のリーダー、単身神戸に来られた個人ボランティアの方々、そして笑顔で応えて下さった被災者の皆様に、厚く御礼申し上げます。