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連隊館震災ボランティア第 II 部 ボランティアを体験して
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震災ボランティア:第 II 部 ボランティアを体験して

抵抗がなくなった

K.K.(3/1~3/17)

 ボランティアに参加するまで

 阪神大震災が起こった1月17日、私はテスト期間の最中だった。朝起きてニュースを見た時、最初の感想は「おお、また地震か」というようなもので、そのまま気に止めることもなく大学に行った。だから、その日の午後に生協で見たテレビのニュースが、実質最初に聞いたニュースのようなものだった。そのニュースは、刻一刻と変わる死者の総数と被害状況をずっと流し続けていた。この時になって初めて、大変なことが起こったということを知った。が、西宮にいる親戚のことが少し気にかかっただけで、別に何もしようとは思わなかった。

 2日か3日経った頃だったか、友達と一緒に昼飯を食べていた時、テレビが、神戸にボランティアが集まり始めている、ということを報じていた。これを見ながら、私たちはボランティアについて話したが、私たちの意見は「はっきり言って対岸の火事」というものだった。

 その後も、1週間ぐらいは全く大変さを感じていなかった。なぜなら、自分の身の回りでは何も変わっていなかったからだ。別に食べる物がないわけでもなし、家がないわけでもなし、身内が死んだわけでもなし、何もかもが普段通りだった。

 そして、試験も終わり、前々から計画していた自転車の旅の計画を友達と立て、必要な物をいろいろと用意していた。この頃から、あちこちで阪神大震災のための募金を多く見るようになった。私も、多くのボランティアが被災地で働いているのに自分はのうのうと旅行などやっていていいのか、という疑問を持ち始めていたので、募金はしてみたが、自分には納得がいっていなかった。そんなことを考えていた時にボランティア募集のビラを大学内で見かけ、電話して現地に行くことを決めた。その瞬間、心の中のもやもやが消えたような気がした。

 こうして、私はボランティアに参加することになった。

 現地での活動

 2月28日の夜行バスに乗り込み大阪に向かう途中で、「私が行って何の役に立つのだろうか、自分はただの自己満足のために行くのではないのだろうか」という疑問が頭の中を巡っていた。しかし、大阪に着くとそんなこともすっかり忘れ、間違えて阪急とかに行ったりした。

 阪神に乗り、外の風景を見た。崩れた建物や屋根にビニールシートを敷いた家が多くなってきたが、テレビではもっと悲惨な所、例えば長田区とか市内の倒れたビルとかを見ていたせいか、何とも思わなかった。車内の人が普通だったからかも知れない。

 駅について、小学校まで歩き、その日から仕事に加わった。仕事は、これといって大変なことはなかった。他の方に聞いたところ、私が来る前日までは大変だったらしい。

 最初の仕事は保健室の片付けであったと思うが、それほど大変な仕事だったようには記憶していない。それよりも、個人ボランティアの方々やファミリーの方々とどう仲良くなっていくかが、最大でそして当面の課題であった。ボランティアの待遇(?)は極めて素晴らしく、これで朝寝ができれば旅行に来ているのと変わらないのでは、といった感じすら受けた。毎日、やることをやったら結構暇になったりして、ぼーっとしていたり、話をしていることが多かったような気がする。自分で率先して仕事を見つけてやるということとなるべく避難している方々にやってもらうということの間に入って、本部や松下労組の方に比べて暇な時間が多かった。雨が降った時はさすがにしなかったが、晴れの日が比較的多く、ひなたぼっこをしていたりした。夜は夜で話をしたりして、リーダーや本部の方を尻目に、仕事とは関係のないところで夜更かしをしていた。

 そんな私がリーダーになろうとは、全く考えもしなかった。現地に来る前に言われたことはあったのだが、その時は、冗談だろう、ぐらいにしか考えなかった。引き継ぎの時にはさすがに焦っていた。自分よりも早くから来ている人はいるし、ケアのことは何も分からないし、本部の人とは特別に仲が良いということはないしで、どうしようかと思ったが、なんとかアドリブで乗り切ったと思う。総じて、あまり役に立たなかったような気がする。

 ボランティアを終わって

 帰ってきてみて感じたことは、これで「ボランティアをやりました」とは、とても気が引けて言えないだろう、ということである。個人のボランティア観によるところが非常に大きいとは思うが、自分の持っていたボランティア観と実際に自分がやったことを比べてみると、そう思う。「自己満足だったのではないか」と聞かれれば、そうではないとは答えられない。しかし、ボランティアというものに対する抵抗がなくなったことだけは確かである。そして、早く行動を起こさなければならないことも感じることができた。この2つが、今回の私の収穫である。そして、これを生かせるか生かせないかは今後の課題である。

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