魚崎小学校到着当初、私自身はより組織だった救援活動が行なわれていること、今だ人道的支援(食事・必需品の配給等)が必要であることの2点を想像していた。しかし実際は、食事・物資についてはおよそ十分と思われる量と質の配給がなされていたと思われ、近隣の店が既に営業を始めていたり通勤通学の風景が多く見られたこと、水道・電気がほぼ十分に使用可能であったことなど、その豊かさ、日常性に驚かされたぐらいである。
運営については、組織・ルールができつつある途上段階で、仕事内容や基準があいまいであり、突如活動に参加しても何をすれば良いか戸惑うばかりでなく、より効率的な活動を阻害する要因にもなり、被災者にも迷惑をかけるような状況が生じることもいくつかあったのではないかと思われた。
以上より、ボランティア組織・対策本部のより効率的かつ円滑な運営、避難所生活におけるルールの明確化、自立に向けての準備が、私の参加した期間の主な課題であったと思われた。
活動期間中は、ゴミの分別の徹底、食事配給の補助、駐車場整備、必需品の配給、清掃、校内の整備などが主な仕事であった。
ゴミの収集など校内の整備については、避難者に対して分別の徹底を呼びかけたが、分別の習慣がないため、実現は困難であった。清掃・整備などについても避難者に対して自主的な活動を期待したが、これに関しては人により反応が様々であった。およそ反応は良かったと考えられるが、大清掃の際、中にはボランティアに頼りきる人々も見受けられた。これは、避難者に対して情報が十分行き渡っていなかったことが大きな要因と考えられる。
食事・物資の配給については、被災者により必要なもの、量が大きく異なるため、ある程度は機械的にならざるを得ない。無尽蔵に分配できるのならば、この段階でも問題は生じないが、量に限りがあること、人道的救援にも限界があること、一時的な物資の放出は片寄りを生じることなどから、より計画的な配給が必要ではないかと思われる。しかし一方で、被災者は単に食料・物資を必要としているだけでなく、それらをより多く獲得し蓄えることによっても満足感・安心感を得ているので、一概に計画を押しつけることが適切でもない。炊き出しの行列に何度も並ぶ人がいる一方で、何らかの都合で遅れて得られない人、数日後食料が手をつけられない状態で捨てられていたこと、物資の配給について毎日のように決まり事を説明しなければならなかったこと、十分配っていると思われるのにもかかわらず確実に必要な物資を手にしていない人々がいること、などの問題があった。この段階では、既に被災者は選べる立場にあったため、何が必要かも変わっているが、対策本部はこの変化に対処しており、また3月12日をもって校外の被災者に対する配給を終了することを明確にしているので、後は被災者の自立を期待するのみである。いずれにしろ価値に代わる情報を明確に知らせることが重要であったように思われる。
駐車場の整備は、直接の担当ではなく本部の指示で行なったことだが、救援活動の質が変わることを象徴するようなことであった。それまでは、必要な人には必要なものを必要なだけ無条件に援助するものだったが、これからは管理の下に条件付きで援助を行なうというものになった。駐車場整備に関しては、被災者が日常の駐車場として校庭を利用するのは良いが、放置車に関しては取り除くことを目的としている。また近隣の営業店舗情報の配布、今後の避難所の縮小に関する情報提供も行なわれた。
避難所生活が依然続行されるならば、共通部分の管理、被災者に直接有益な情報収集、今後の活動計画が課題になるだろうが、いずれにせよ被災者に良く理解してもらうこと、またそのための情報を十分提供することが重要である。私が活動に参加した時は既にかなり生活状況は改善されており、被災者の需要はより高度なものであったので、民間ボランティアの撤収が近いことを感じた。今後はそれぞれの被災者にあった経済的な援助活動が必要となるが、これは我々の可能な活動を越えているように思われる。
また、活動が長期に渡って継続し仕事内容が明確になるにつれて、その引き継ぎも問題となろう。現段階では新たな参加者は見よう見まねで仕事を捜し、暇な時間が多く、逆に長期滞在者は情報を片寄って持ち、目まぐるしい忙しさに追われている。書類を残し事務的に引き継ぐことで、より活動が円滑になり、そのための時間的余裕も今後できると思う。
既に完了したローラー作戦のおかげで、その後は補助的な情報収集と作製された名簿に基づく訪問および介護が行なわれた。震災によりガスの復旧の目処が立たないため、入浴のサービスや個別に必要な物資(特に重い水など)の運搬、話し相手などの活動を実践した。これ自体有益であるが、継続的に訪問することで信頼を得、安心感を与えることができたことも大きな成果であると考えられる。老人を回るボランティアの中には不審な活動も見受けられるので、このことは容易ではなく、老人の側からも容易に受け入れるわけには行かない。しかし、ファミリーの活動の甲斐あり、公的機関に引き継ぎ可能な資料の作成が進んでいることも大きな成果である。
しかし、それと同時に問題が生じ、ファミリー内で議論が生じた。看護師・介護士といった専門家が活動に加わることで、より充実した介護の提案が可能になる一方で、震災前を越えてしまうような介護サービスに対する疑問、過剰介護に対する懸念が生じた。入浴サービスのように震災によって通常利用可能な施設が家庭内で利用できないために援助するのは必要だが、復旧した後もそれが必要かどうかということであり、特に震災を機会に割り込んで介護サービスを開始した場合、それをいつまで継続するかということである。震災により困っている人に困った分だけのサービスを提供するのは当然のこととしても、それ以上のことをする場合には本人・家族に了承してもらうことが必要であろう。当面は、保健師に引き継ぐための情報収集活動と訪問が継続されるものと思われる。
今後の課題として、必要な情報をこちらが得るだけでなく提供し、十分理解してもらうことが大切である。例えば、ガスが不通であることがわかったら、入浴サービスの情報を提供し、必要ならばサービスを行なうといったことである。しかし、訪問を受けているお年寄りにとって一番重要な情報は、ファミリーがいつ撤収するかということではないかと思われる。これは、ファミリーの震災ボランティアの基本方針を決めることでもあり、本部との連携が望まれる。引き継ぎがうまくいくことが最大の課題であると思われる。
私が活動に参加した期間は既に電気・水道が使用可能であり、食事・救援物資に関しても必要なものは十分揃っていた。したがって、活動自体微妙で、時として曖昧なものになってしまったことは否めない。また被災者の欲求も高度になっていた。したがって、生活上の基本的な援助、より労働力を必要とする援助は既に縮小の方向に進めるべきで、今後は個別の必要に応じた補償・経済的援助が必要になると思われる。我々が必要ないと言われるのは寂しいことだが、復興が着実に進んでいる証なので喜ばしいことである。とは言うものの、実際に、寒い体育館の吹きさらしの中で未だに避難所生活を続けなければならない人々がいるのを見ると、直接的に何かしなければならないことがあるように思われてならない。
非常事態で被災者の皆さんがどんな行動をしたのかわからないが、少なくとも私が参加した期間を見る限り、ボランティア活動に参加した人々を含めて、人間は、モラルにしてもゴミ捨て1つを取っても、普段以上のことはそう簡単にできないことを感じたし、日常が大切であると感じた。
異常な事態の中で被災者の方々が体験した悲しみは私には到底本質を実感できないと思って活動に参加したので、無機的に働くことを目的にしていた。しかし、ガレキを目の前にし体験談を聞いて、何とかしたいという感情は強くなったように思う。
震災で亡くなられた方々のご冥福と被災地の方々が1日でも早く普通の生活ができることを心より祈る。