前述のように、対象として行政計画を選んだが、「行政計画」と言っても一義的で明確な定義はない。例えば西谷剛によれば「行政計画とは行政機関が積極的な行政活動を行なうため、目標を設定し、その達成のための手段を総合することによって、具体的活動の基準を設定する行為である」と定義され(14)、また辻山幸宣らは「行政目的を合理的・効果的に達成するために行政により作成される計画」としている(15)。しかし、ここでは定義自体の検討は主目的としていないので、暫定的に「行政機構が主体となって策定する計画」という意味で以後用いることとする。
こうした行政計画は、自治体等が視野の狭い受動的な行政運営を行なわぬよう、現状と将来の見通しに関する大局的な判断を示す役割を担っている。
ただ、一口に行政計画と言っても、計画期間や計画対象地域、計画の内容等によって種々のものがあり、分類する基準によって様々に区分される。そのため、ここでは自治体が策定する主な計画を以下に紹介するに止める。
このうち、基本構想・基本計画・都市計画マスタープランは、長期的な将来目標を全体的に示す計画という点で、同じ特徴を有する。
一方、次章以下で具体的に検討する「意見反映プロセス」は、政策過程の一部分を形成している。では、政策過程とはどのようなものであろうか。
政策過程は、社会で次々に発生する課題の解決に向けた一連の取り組み全てを指す。それゆえ現実には、ある課題に対して独立して存在するものではなく、複数の過程が相互に密接に結びついた、循環する連続的な流れだと考えることができる。しかし、個々の政策過程を取り出してみると、それは共通したいくつかの段階、すなわち「課題設定」「政策立案」「政策決定」「政策実施」「政策評価」という5段階から構成されていると言える(図2-1)。

まず「課題設定」では、市民や議会あるいは行政職員などから解決すべき争点が提起されることから始まる。ある問題が政策課題かどうかを示す基準はなく、政治的圧力にも左右されようが、最終的には行政機構の裁量が大きい。そして、この要求を受け入れ政策課題と認定すると、課題の整理と目標設定が行なわれる。ここでの担い手は、市民・政党・議会・首長・職員機構である。
続く「政策立案」では、課題の解決に必要な様々な手段・方法が検討され、その結果、それぞれの方法の有効性や得失、実施に伴うコスト、市民の反応等を考慮して多くの選択肢が捨てられ、最終的にいくつかの政策代替案が作成される。そしてその中から最適案が選択され、政策原案が確定される。その担い手は、主として首長及び職員機構である。
「政策決定」では、先に作成された原案に対し、政党や外部団体等の利害関係者との調整など、最終的な合意形成手続きが実施される。その調整は、討論や交渉等を通して、利害関係者の合意形成を目指して行なわれ、もちろん交渉過程で修正が加えられることもある。そして、それを踏まえて首長や議会の決定が下されるのである。
こうして決定された政策は「政策実施」の段階で具体的なアクションとして執行される。具体的には、執行方法、規則、細則が決められ、それに基づき実施、進行管理が行なわれていく。ただそれは、基本的に執行機関である首長及び職員機構に委ねられている。
実行した政策は「政策評価」の段階で、その受け手である市民から評価を受けることになり、制度的な監査・会計検査のほか、世論調査やマスコミなど非制度的な評価も行なわれる。それを受けて必要な部分の修正・改善がなされ、次の政策過程にフィードバックされる。
この枠組みでみると、意見反映プロセスは、原案作成前に市民のニーズを把握するために用いる場合は「政策立案」になるが、基本的には行政より示された原案に対し、利害関係者として意見を述べるという、「政策決定」過程に入る。すなわち、意見反映プロセスは、「政策立案」から「政策決定」にいたるプロセス、特に「政策決定」段階の一部と捉えられる。
そこで以下では、次章以降での意見反映プロセスの分析のために、政策過程論で用いられている、政策決定の代表的な分析モデルを検討する。ただし、自然科学とは異なり、厳密な意味でのモデルはない。どちらかと言えば、政策過程を分析する際の枠組みないし仮説といった性格が強い。
行政の政策決定に関しては、これまで様々なモデルが提唱されているが、62年のキューバ危機に応用されたアリソンの3つのモデルは、これらを統合的に整理しようとしたものであり、行政の政策決定を考える場合、常に議論の出発点になっているという(16)。そこで、まずこの3つのモデルの概略を述べることとする(表2-1)。
第1の「合理的決定モデル」は、行政府を単一の合理的な行為体と捉え、その政策決定を説明するものである。すなわち「政府は、整合的な目的を持ち、その目的を達成するために、すべての手段を考え、それらの手段の中から最も適切なものを選択する」というのである。ここでは、組織的・政治的な複雑さは単純化され、行政は目標のために内部で統制の取れた一枚岩であると仮定されており、完全情報のもとで価値を最大化する行為を選択すると考えられている。
しかし現実には、選択可能な全ての選択肢を検討するには大量の情報が必要であり、コスト的にも時間の制約上からも不可能に近い。また予測される結果は、実際にその選択肢を採用してみないとわからない場合も多く、最も適切な選択というのは難しい上、決定者は常に価値最大化を達成しようとして行動するとも限らない。
一方第2の「組織過程モデル」は、行政府をいくつかの部門からなる緩やかな連合体と捉えており、それぞれの組織は特定の問題や業務に主たる責任を持つよう分割され、問題認識は組織を通じて行なわれるとしている。そして、施策の決定にあたっては、その組織原理に基づく標準作業手続(standard operating procedures:SOP)に従って対処されるとする。これは縦割行政を思い浮かべればわかりやすいであろう。
このモデルは、組織が集団の意思決定に重要な役割を果たすことに焦点を当てた点では評価できようが、依然として「政府の行動を、単一の政策決定者の選択として理解する古典モデルを補完するもの」である。すなわち最終的な意思決定を行なう上層部は一枚岩ではなく、その地位によって観察することや利用しうる情報が異なり、判断も異なるという視点が抜けているのである。
この点を踏まえた第3の「官僚政治モデル」は、行政府内部での少人数の意思決定を想定し、そこでの参加者は同質的ではなく競争的な利害を持っているとする。そして、それぞれが行政や組織や個人の目標についての様々な考えに基づいて行動するため、擁護する目的及び選択肢も異なるとしている。したがって行政府の決定は、プレーヤー間での駆け引き・取り引きの結果であり、政治的プロセスの産物にならざるを得ないわけである。
だが、このモデルでは政策決定を行政の中ないし官僚の間だけのものに限定しており、議会なり業界団体等の利益集団が直接かかわる余地はない。その意味では、行政内のトップレベルの議論だけで執り行われる緊急時の政策決定等には適していようが、民主主義的な手続きを踏む日常的な政策決定を扱う場合には限界がある。
また、意見反映プロセスの観点から考えると、これらのモデルは、市民など政府外のアクターの影響が行政の行動にどのように反映されるのかが考慮されておらず、意見反映プロセスの検討には不十分である。

これに対して、より現実的なモデルとして提示されたのが「増分主義モデル(incrementalism)」である。これは実際の予算編成過程の分析を通して、チャールズ.E.リンドブロムらによって提唱されたもので、「公共政策は基本的には過去の政策の延長であり、修正は付加的、増分的なものにとどまる」としている。すなわち、これまでの政策の成果を所与の前提として、新たな課題、つまり利用可能な資源の増加部分の配分のみを検討の対象とし、また予め目的について合意を得ることを要せず、政策決定過程への参加者が自由に自己の目標を追及し、それらの参加者の相互作用を通して、最終的に最も望ましい合理的な政策が形成されると主張する。
このモデルによれば、政策立案者の一般的な行動様式は以下のようなものであるという(17)。
この手法は、たしかに多元的な価値の存在を認め、また完全情報を必要としないから、現実的に可能であり、特に日本の政策過程の説明という点では極めて説明能力が高いと思われる。しかし、政策決定の方針としてはあまりにも保守的な性格の強いものであるため、これを模範的な行動様式として推奨することには無理がある。
ただ、意見反映プロセスという意味では、日本の行政の典型的な対処法とある程度合致していることもあり、行政の対市民、あるいは意見に対する対処の仕方を説明するモデルとはなりうる。また、ここでの分析は、理想的な意見反映プロセスの検討ではなく、現実のプロセスの検証を目指すものであるから、分析モデルとして適していると言える。そこで、ここではこのモデルの目指す方向性が望ましいかどうかはさておき、現実の意見反映プロセスにおける行政の対応がこうした増分主義的なものになっていると仮定し、以下の議論でこのモデルを用いることとする。
続いて、次章以降の行政計画策定過程での意見反映プロセスの分析において、どのような方法論を用いるべきか検討する。
行政計画については、先に述べたようにいくつか意見反映プロセスの採用が必要になっているものの、現状では市民参加すら十分には行なわれていない。例えば92年に行なわれた「地域計画と住民生活に関する調査」によると、基本計画の段階では、「素案の公表」は54.4%に止まっている(表2-2)。策定段階での市民参加は「各種団体代表の参加」55.0%「地域住民組織代表の参加」46.7%が群を抜いている。これは、具体的には策定のための審議会委員を町内会や自治会などから推薦してもらうという方法であると考えられるが、こうした一部の特定少数の市民の参加は「公聴会・住民集会」の23.8%などと比べても大きな比率となっている(表2-3)。

また、同じ92年に実施された『地方公共団体における計画行政の現状と課題(II)』によると、市民参加が具体的に計画内容にどう反映されたのかについては、基本構想・基本計画でも「若干の個別的修正」がそれぞれ48.0%、46.9%と多く、逆に「原案作成」まで至るケースは24.9%、18.1%と少ないなど(表2-4)、意見の反映は部分的なものに止まっているのが現状である。

このように、これまで基本構想・基本計画などの行政計画においては、不特定多数の市民の意見反映は十分には行なわれてこなかったと言える。また、自治体によって財政状況や職員の能力等には大きな違いがあるので、それぞれにふさわしい方法を考えていく必要がある。そのため、第3章以降の分析では、定量的なデータに基づく分析ではなく、定性的な事例研究を行なうこととする。
取り上げる事例の選択にあたっては、意見反映プロセスに対する取り組み(具体的には、意見を収集・公表するチャネルの数、意見の施策へのフィードバックの頻度など)に違いがあるものを選ぶことで、その程度に応じた問題点・課題等を明らかにし、それぞれの状況に応じた対応策の検討に資することを目指した。
具体的には、まず次章の日野市の事例は、従来型の域を出ず、形式的な意見反映プロセスを実施したものであるのに対し、大和市の事例は、現状の自治体行政では先進的な取り組みであるとして取り上げており、新宿区の事例は、両者のほぼ中間的な取り組みという位置付けである。また東京都の事例は、前3事例が市区町村であるのに対し、規模の大きい都道府県レベルの実施例として取り上げているとともに、私自身がこの事例にコミットしていたため、詳細な分析が可能である(図2-2)。

各事例の概略は、以下の通りである。
以下の分析では、意見反映プロセスは行政計画の策定にあたって設けられたものとして取り上げる。そのため、主役となるアクターは、策定主体の「行政」である。しかし同時に、このプロセスには意見を言う「市民」も参加することが暗黙の前提となっている。また、計画策定に際しては、施策の決定に係わる「策定組織」も間接的な形で意見反映プロセスに加わっている。主要なアクターとしては、通常この3者を挙げることができる。
また、分析の際に増分主義モデルを採用することから、それぞれの特徴は以下のように要約できる(図2-3)。

先に見たように、意見反映プロセスはまだ多くの自治体で実施されているとは言い難い。そうした現状を踏まえて考えると、分析にあたっては、まず意見反映プロセスを行なう「理由」を明らかにしておく必要がある。また、具体的に寄せられた意見に対して、担当職員がどのように対処したのかも、今後実施しようとする自治体にとっては大きな問題であるので、そうした「経過」も検討するべきである。そして、意見反映プロセスを行なった「結果」としてどのような効果・問題等があったかも、今後実行するための動機づけとして、考察するべき視点になるであろう。そこで分析の際の焦点としては、以下の3点を設定した。
分析するデータとしては、テーマの都合上統計的なマクロデータは適切ではない。そこで各事例ごとに、行政・市民・策定組織という主要3アクターに対して、それぞれ60~120分の時間を割いて、原則として1対1のインタビューを実施した。
また、インタビューデータを補うものとして、報告書や広報紙、議事録など各種関連資料も用い、論旨を補強する。具体的には、以下のようになる。
日野市の事例では、日野市議会議事録の関連答弁を中心に、庁内用の資料(公開されているもの)、市の広報紙、さらにインタビュー先の市民団体の報告書などを用いた。
新宿区の事例では、市民の意見内容やそれに対する行政の対応、さらに策定組織の議論内容等をまとめた「住民参加の記録集」を中心的に利用し、他にも広報紙や報告書そのもの、庁内資料等を適宜参考にしている。
大和市の事例では、市民の意見内容をまとめた「市民のみなさんの声報告書」と、それへの行政側の対応をまとめた「市民のみなさんの声への対応」、及び広報紙や計画そのもの(途中段階のものも含む)などを参考にした。
最後に東京都の事例では、懇談会の議論内容や電子会議室での議論内容、報告そのもの(途中段階のものを含む)が公開されているので適宜参照するとともに、寄せられた意見の一部をまとめた「アイデア集」や庁内資料も利用した。なお、この事例の電子プロジェクトに関する報告については、私と橋本岳・金子郁容による共同論文(18)があるので、そちらも参考にしている。
そして、これらのデータをもとに、先に挙げた3つの焦点に従って、それぞれのアクターがどのように行動し、その結果どういう問題点・課題等が浮き彫りになったかを検討する。
このように、本研究は、いくつかの行政計画で法的に市民意見の反映が求められてきている中で模索的に行なわれた事例を取り上げ、分析を行なうことで、意見反映プロセスの利点・現状の課題等を整理し、今後に向けた提言を試みるところに特徴がある。こうした研究領域は、既存研究には明確な枠組みがなく、また私が調べた限りでは、先行研究でもこの領域に絞ったものは見られない。その意味では、研究の独自性はあると言える。
もちろん、ここで取り上げる事例は4つだけであり、調査も限られたものであるため、詳しい内情まで全て明らかになるわけではない。そのため、ここでの研究成果がただちに一般性を有するとは言えない。
しかし、ここでは各方面の主要なアクターに対してそれぞれインタビューを行なっており、限られた時間ながらもその実情を実際に聴くことができた。それゆえ、ここで得られる知見は、これまであまり経験がなく、今後そのノウハウの蓄積が求められる自治体にとっては、参考になる部分も多いであろう。
(14) 西谷剛『行政計画の課題と展望』第一法規、1971年より。
(15) 辻山幸宣編『分権化時代の行政計画』(財)行政管理研究センター、1995年より。
(16) 山本吉宣「政策決定論の系譜」(白鳥令編『政策決定の理論』東海大学出版会、1990年)より。
(17) 以下の項目は、西尾勝『行政学』有斐閣、1993年、218ページより。
(18) 橋本岳・安藤伸彌・金子郁容「電子ネットワークを利用した政策形成の実験-『生活都市東京を考える会』電子プロジェクト報告-」(『都市問題』1997年7月号、東京市政調査会)。